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後藤文雄は1981年より合計14人のカンボジア難民の子どもを引き取り、 "援助の目的は自立である"という信念に基づき育てました。 そして最後の子どもが巣立った1994年暮れ、
「カンボジアの為に何かもっと援助が出来ないだろうか?」という思いから里子の一人メアス・ブンラーを連れて、初めてカンボジアの土を踏みました。
後藤文雄は10日間の滞在後帰国しましたが、メアス・ブンラーは内戦で行方不明に なっている 家族を探す為にカンボジアに残り、奥地へと入っていきました。
そこで出会った一人の 僧侶の依頼がきっかけとなり、 カンボジアの土地に小学校を建設するようになりました。
この経緯を経て、AMATAKの前身は1994年より2003年までに カンボジアに小学校を10校建設しています。 |