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後藤文雄代表理念AMATAKの歩みAMATAKの活動
■AMATAKの歩み
・学校建設までの経緯
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後藤文雄は1981年より合計14人のカンボジア難民の子どもを引き取り、 "援助の目的は自立である"という信念に基づき育てました。 そして最後の子どもが巣立った1994年暮れ、 「カンボジアの為に何かもっと援助が出来ないだろうか?」という思いから里子の一人メアス・ブンラーを連れて、初めてカンボジアの土を踏みました。 後藤文雄は10日間の滞在後帰国しましたが、メアス・ブンラーは内戦で行方不明に なっている 家族を探す為にカンボジアに残り、奥地へと入っていきました。 そこで出会った一人の 僧侶の依頼がきっかけとなり、 カンボジアの土地に小学校を建設するようになりました。

この経緯を経て、AMATAKの前身は1994年より2003年までに カンボジアに小学校を10校建設しています。



1981年

後藤文雄とカンボジア人との共生の出発

後藤文雄カンボジア難民の少年二人と出会い、引き取る。
新潟県長岡出身の後藤文雄は小林虎三郎の米百俵精神「食すれば 1日、教育に充てれば生涯」を子供の頃から何度も聞かされて育ち、 難民救済も教育から始めることを決意。
1994年3月最後の里子を高校卒業と同時に自立させるまでに 10名の男子と4名の女子を里子として育てる。

1994年

後藤文雄初めてカンボジアの土を踏む

里子全員の自立を見届けた後藤文雄は更にカンボジアで待つ援助を 求めて旅立つ。
里子の一人メアス・ブンラーの祖国里帰りの実現。

1995年

カンボジア小学校建設の始まり

メアス・ブンラー、寺の住職オンブン師からの小学校建設嘆願書を持って帰国。

カンボジア現地NGO「GFグループ」の始まり

メアス・ブンラーが現地総責任者になり小学校建設始まる。 資金は後藤文雄と後藤文雄の活動に賛同する人々の寄付により 賄われる。



 
国内での歩み
カンボジアでの歩み
1995年

 

1校目建設    Wat Pademakor

1996年

 

               〃  ( 別校舎建設)

1997年

 

2校目建設    Phsar Trach
3校目建設    Nokor Krao

1998年

 

4校目建設    Boeung Kak

1999年

 

5校目建設    Wat Krong

2000年

 

6校目建設    Prey Chrouk
7校目建設    Damrei Krom

2001年

 

8校目建設    Chumnik

2002年

国内支援メンバー初顔合わせ

9校目建設    O Chuop Thmey

「GFグループ」カンボジア政府よりNGOの認定
NGO『Charitable Organaization of Fr. Goto Fumio』となる
・通称『COF』

2003年

国内支援メンバーグループ
『AMATAKカンボジアと共に生きる会』と命名

10校目建設   Kork Samrong

【AMATAKカンボジアと共に生きる会】誕生
2004年

AMATAKカンボジアと共に生きる会設立総会

11校目建設   Boeung Krosal

2005年

特定非営利活動法人の認可
『NPOAMATAKカンボジアと共に生きる会』となる
・通称『AMATAK』

12校目建設   Prey Tor Tueng

2006年

後藤文雄【米百俵賞】を受賞

13校目建設  Snoul Konug
O Chuop Thmey/ Chumnik 校 修理

2007年

  

14校目建設中  ピンポン村




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